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飛鳥クルーズ 海底熟成ラムMother

<4/9(金)10:00AM 販売開始> ※寄港地特産品(小笠原)
 
小笠原の自然と歴史が生み出す「海底熟成ラム酒」

戦前、サトウキビ栽培が盛んに行われていた小笠原では、当時からサトウキビを原料にしたお酒が親しまれていました。
戦後、小笠原でラム酒が誕生し、この「小笠原ラム」を小笠原 母島近郊の海に沈めて、1年間熟成させたものが「海底熟成ラム Mother」です。


〜海底熟成ラムMotherができるまで〜
 

小笠原Rumの誕生

小笠原諸島は、今から200ほど前、1830年(文政13年)頃、最初に人が移り住むようになり、欧米人の捕鯨基地として利用されていました。この頃、小笠原に定住した欧米人と捕鯨船の間でラム酒の取引があったとの記述が残っています。これが小笠原とラム酒の出会いです。


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1876年(明治9年)に小笠原諸島が日本領土になってからは、亜熱帯の気候を活かしたサトウキビ栽培が盛んになり、その副産物(糖蜜)を蒸留したお酒を「糖酎」「泡酒」「蜜酒」などと呼び、第二次世界大戦前頃まで島民の間で愛飲されていました。

しかし、第二次世界大戦末期には、戦況悪化により全島民の疎開が行われ、終戦後はアメリカ領地となってしまい、また、日本の製糖業が衰退したこともあり、糖酎文化はすっかり途絶えてしまいました。
1968年(昭和43年)に小笠原はアメリカから返還され、ようやく島民は疎開先から島へと帰ることができましたが、戦後23年間にも及んだ空白を埋めるためには、長い歳月がかかりました。そんな中、帰島した島民の間には「もう一度糖酎を飲みたい」との想いが募り、1992年(平成4年)よりラム酒の販売が開始されました。これが「小笠原ラム」の誕生です。
 

なぜ、Rumを海底熟成させたのか…?

かつて難破船から引き揚げられたワインが非常に美味しくなっていたという事実があり、また、近年ではワインや日本酒、泡盛を海底で熟成するプロジェクトが各地で起こっています。母島で製造している「ラム酒」を「海底で熟成させたらどうなるのだろうか?」との好奇心と、小笠原のラムを「もっと美味しくしたい」、「もっと多くの方に知っていただきたい」との思いから、小笠原ラムの海底熟成試験が開始されました。

沈没船で発見されたワインなどでは、「海水温が熟成に適していた」、「波による揺らぎがうまく作用した」、「瓶内の気圧と水圧のバランスが良かった」等の偶然が積み重なり美味しくなった言われています。これらのメリットが小笠原ラムにも作用するか否かを確かめるため、小笠原ラムを約1年間海底に沈め検証しました。

実際の作業としては、島内の建設業者により海底熟成用の鉄骨ラックの設計、製造が行われました。同時に、海底熟成に耐え得る専用ボトルの開発、製作が行われました。そして専用ボトルに入った小笠原ラムが母島近海の10〜15mの海底へと沈められ、海底熟成試験が始まりました。



当初は、「台風などで瓶が割れてしまうのではないか?」、「海底に沈めても味の変化はないのではないか?」との心配もありましたが、1年間瓶が割れることもなく、また、試飲会では「味や香りがまろやかになった♪」と高い評価をいただき、試作品作りは成功しました。こうして、海底熟成ラムMotherが誕生しました。 

本商品は「小笠原母島観光協会」とのコラボレート商品です。


内容量 : 300ml

※キャップと瓶の隙間に海水がたまることがあり、開封時に水が出ますのでご注意ください。海水が出た場合もラム酒の品質に問題はありません。
 

<ご購入手続きの注意事項>

・「ラム酒(酒類)」は20歳以上のお客様が対象の商品です。
 本ページに「年齢確認」の項目がございますので、
 必ずご確認をお願いいたします。

*20歳未満への酒類の販売はいたしておりません。
*20歳未満の飲酒は固く禁じられております。

商品コード : 17410007
価格 : 円(税込)
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